2010年迄   木下えつき (えつきのひとりごと)      
           
     

2010/12/24

まだ、パソコンを買いにいけないので、自宅のパソコンは使えません。 この状態だと、年内は無理なようですね。

早いもので、今年ももう終わろうとしています。来年は、統一地方選挙の年です。 私にとっても、試練の年になりそうです。

この一年を振り返ってみると、「人の一生のはかなさを感じた」一年だったかなぁ〜。 1月早々に、わが町の町会長が、

亡くなられました。そう、町会の新年会の時だった。 そして、2月に入ってから、町会長と共に、町会を支えてくださった、

森村前副会長も亡くなられました。 お二人とも、同年代で、子供の頃からの友達関係でした。 その後、町会では、

次期町会長の人選で、数ヶ月間話し合いが続きました。 結果的には、町会長の引き受ける方がいなくて、一時は、町会の合併や、

解散まで話されました。 最後の、「木下がやれ」ということになってしまいました。 こうなれば、破れかぶれだと腹を決めて、

町会長をお受けすることになりました。(笑) 一時代を築いた、山本町会長体制から、それを継承した祖山町会長が亡くなり、

その時代を支えた、森村前副会長 まで、亡くなってしまったのです。ひとつの時代が終わったという感じですね。

祭りのことしかわからない私が、これからどう町会を運営していくのかという不安は、一瞬のうちに吹き飛びました。

私を、支えていただける、ベテランの副会長が、いたからです。人に恵まれるということは、こう云うことなんですね。

議会の方は、役職がないので、マイペースで、進んでこられましたが、「ひとりごと」に報告したように、 世界遺産の関係で、

海外に行く用事が多かったように感じます。この結果は、来年にもいい方向で報告できると思っています。

10月には、子供として、果たさなくてはならない、悲しい運命に直面しました。 それは、父親の死です。

ちょうど5ヶ月前に、我が家で転倒したのが、きっかけでした。 「腰が痛い。入院したい。」という父の言葉で、救急車で病院に搬送、

そのまま入院でした。 2ヵ月後、病院から、老健施設に転院。その際、我が家の結論は、「延命治療だけはやめてほしい。」でした。

老健の方々には、本当に、お世話になりました。「口から食べ物をとらなくなってきましたよ。」「何か、好きなものを持ってきてください。」

こんな日が、何日か続きました。亡くなる二日前には、お袋に、「ありがとう。」亡くなる前の日まで、口から食べ物をとっていました。

最後は、老衰で、あっという間に旅立ってしまいました。

町会の関係で、葬儀のお手伝いは数え切れないほどやったことがありますが、我が家で、葬儀を出すのが初めてなので、

いろいろな事に直面しました。通夜、葬儀、49日と忙しい日々をすごしてあっという間に、今年も終わりです。

4人の生活のときにも、私がほとんど家にいなかった状態ですから、3人になったら、もっと、お袋の寂しさは増すんでしょうね。

すこし、家にいる時間を来年はつくろうと考えています。

今年一年、皆さんにとってどんな年でした?来年はいい年になるといいですね。

2010/12/ 16

うまくメールがつながっているのかわからないで、同じ内容の「ひとりごと」が張り付いてしまうかもわかりませんが、 大目に見てください。

私の父親は、大正9年9月10日に、長野県喬木村に生まれました。 徴兵のために、東京に出てきたそうです。

現在の住所に住んだのは、昭和23年で、 私が生まれた時でした。私の子供のころの印象は、ラビットに乗って、

接着剤の営業をしていた印象が強く焼きついています。 私が、親父の仕事を継ぐ前から、町会の活動などをしていました。

そのうちに、町会の推薦を受けて、保護司になり、台東区の保護司会の会長までやりました。 軍隊で、中国に出兵したようです。

軍隊のときの話はほとんどしない人でした。 晩年は、我が家で晩酌するのが楽しみでしたが、私が、ほとんど晩酌に付き合えないので、

どちらかというと、一人酒という感じですね。 人間は、何時か必ず、御世に旅立ちますが、なくなる、前の晩まで、口から食べ物をとっていました。

死因は、老衰でした。葬儀には多くの方の弔問を頂本当にありがとうございます。

2010/12/ 15

9月12日より、「えつきのひとりごと」が更新できませんでした。 と、云うよりまだできない状況です。

私の、パソコンが壊れてしまいました。そのために、「ひとりごと」を書くことができないのです。

この、「ひとりごと」は、他のパソコンを使って書いています。

10月19日に、私の父親が亡くなりました。90歳でした。父親の想い出話や、

その後のことについては、 改めて、書かせていただきます。

2010/ 9/ 12

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

今回の、パリの世界遺産誘致の旅の報告も、これが最後になります。

国立西洋美術館の世界遺産に向けての取り組みに、全力でぶつかっている、一人の人の熱意に引っ張られての旅でした。

前の「ひとりごと」にも書いた事がありますが、視察でいろいろな施設や自治体を訪れます。

そのとき、私たちは、自治体の担当者や、その事業を推進している人達に会って説明を聞きます。

そのとき、仕事として取り組んでいる人の説明と、本当に好きでその仕事をしている人の説明の違いに気がつきます。

話に引き込まれるのです。そして、その事業を台東区でもやってみたいと思うのです。

今回の、国立西洋美術館の世界遺産に向けての取り組みは、まったくそのときに感じたのと同じように、

民間の一人の人の熱意で推進運動が引っ張られてるといっても過言じゃないでしょう。

パリの最後は、コルビジェ財団の訪問です。

昨年行ったときに、補修工事がされていたコルビジェの建物を見させていただきました。

残念なことに、ディポールさんとは日程の関係でお会いできませんでしたが、りシャールさんとお会いしました。

私が帰った翌日に、石山さんがディポールさんと会うことにはなっています。

セルビヤでの結果を受けて、「今再編が行われています。22の資産のうち現在19に絞り込んだ。もう少し絞り込みたい。」

「10月25日」にフランス政府の決定が出る。」「コルビジェ協会に日本が入っていないのでメンバーになってほしい。他のところは、

みんな入っている」「協会としての日本の窓口がない」「セルビアでの日本の皆さんの応援には感謝する。」等々の話が行われました。

この写真は、話し合いが終わり、コルビジェ財団を出てからある公園で一休みの状況です。

ホッと一息って云う感じかな。その後に、ポンピドー博物館かな?その建物の中にある近代美術館に行ったら、

ピカソの絵の展示している美術館で、ル・コルビジェの作品も展示されていました。びっくりです。

さて、今回私が一般質問を行うことになりました。時間の都合上4つの質問を考えていますが、それ以外に国立西洋美術館の

世界遺産に向けての取り組みについても質問したかったのです。

でも、残念ですが現段階では時間的に無理なようです。

一つは、コルビジェ財団の時の話のように、協会への加盟を東京都に働きかけると同時に、都の動きが鈍いようなら

台東区独自でも入る必要があるということと、え〜とセルビヤに次の開催地の名前が出てこない???。

まあいいや。わかれば。その開催地に区を上げて参加することを訴えたかったのに。現時点ではチョッと無理かな?

最後のもう一度言いますが、一人の人間の信念に満ちた活動に、心酔して今回のパリ 行きを決意して本当に良かった

ということを、書き添えて終わりといたします。

2010/ 9/ 8

そう云えば、パリの事ばかり書いていてもう一つのことを忘れていた。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます


今回の写真は、済州島の自然遺産(世界遺産)の断崖絶壁です。すいません、名前が分かりません。

済州島では2つの世界遺産を見てきました。どちらも、自然遺産です。

名前はどちらも、今分かりません。インターネットで調べれば分かるのですが、飲みながら書いているのですいません。

自然遺産は、大変なようです。まず、バリヤフリーが出来ません。自然のままで残す必要があるからです。

この写真の絶壁の上まで歩いて登らなくてはなりません。当然行った人間は全員ぱすです。

もう一つの、穴倉は、ガイドさんをつけないと壁の情況がまったく分かりません。

450メートル階段を下りて、その後200メートル又階段を下りるんですよ。

ということは、帰りはそれを登るんです。私は、450メートルまでチャレンジしましたが、ただ暗くて何も見れませんでした。

さて、今回の定例会で一般質問をしようと思っています。パリや済州島に行ったので、大変な思いで考えています。

13日が発言通告の締め切りなので何を質問しようか、頭が痛くなりそうです。

今回は、任期最後の質問になりそうなので、今までの質問の進捗状況の確認を仕様かと思っています。

今回は、多分みんなが質問した最後の質問者になりそうなので、みんなの質問と重ならないような質問にしなくてはなりませんね。

ァ〜困ったね。そうだ、ドックランの質問はしなくちゃ。もう一つは三ノ輪の横断歩道橋かな。そうか、前にも書いたけど

給食についても質問しようかな?財政についてはどうしようかな?これは、重なってしまうかなあ〜。

お年寄りの見守りネットのヤクルトを使う提案もいいなあ〜。なんかどんどん沸いてきましたね。

もう少しのんでから、決めていこうかな?今日はおしまい。

2010/ 9/ 8

土曜と日曜日はお休みのため、今回の目的の人たちと会うことが出来ないのでチョッと足を伸ばしてシャモニーに行ってきました。

丁度、シャモニーでは山を走り回る世界的な競技が行われていたために、山ののどかな雰囲気と違いお祭り騒ぎでした。

残念なことに天気が悪くロープウエーで山頂まで行ったのですが、雪と視界0という状況でした。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます


35度の東京とは裏腹にマイナス2度ですよ。写真を見ると分かるでしょう。

さて、今回この時期になんでパリに行ったのでしょう?

私が議長の時国立西洋美術館の世界遺産登録に向けて官民一体の運動を行いました。

その民間活動の主力というか牽引車が石山さんでした。

その石山さんと区長と私が、パリに行き世界遺産誘致活動を展開してきました。

そして、セルビヤに於いて、再申請という結果になりました。その再申請の準備が今展開されているところです。

7月のはじめに石山さんから「パリに一緒に行きませんか?何としても今の状況を見極める必要があるんですよ。」

と、熱い言葉で誘われたのが今回行く決心につながったのです。

しかし、皆さんもご存知のように7月、8月はパリは長い夏休み中です。

ということは、8月の末から9月の初めに行かなくてはならないのです。この時点で、私は、毎年恒例になっているメンバーとの

旅行会の日程が決まっていたのです。

9月3日〜5日に済州島に行くことが。5日以降は定例会が始まってしまうので、行くならその前しかありません。

かなりハードなスケジュウルですが、石山さんの熱意に引かれて行くことにしました。

土曜・日曜の休暇をすごし時差ぼけも解消したところで、山本大使とお会いしました。

パリで人気のお店でランチをしながら2時間くらいの会話でした。

山本大使から石山さんにセルビヤでの石山さんを初めとした台東区の皆さんの熱い応援に対して感謝の言葉がありました。

それと同時に、現状の報告等々です。当然、日本が推薦している、平泉や小笠原の話もありました。

特に、再申請に伴う各国の思惑があり、再申請で残るところときられるところの対立の激しさについての説明がありました。

しかし、日本の国立西洋美術館は再申請されるという方向に進んでいるとの報告で一安心です。

台東区の活動についても高い評価があり、その活動がフランスに刺激を与えているとも云われました。

なごやかなうちにも緊張した2時間でしたよ。

来年の世界遺産登録に向けての新たなる決意を約束して、この対談は終了です。

明日は、いよいよ、コルビジェ財団に訪問です。

チョッと長くなったので、コルビジェ財団での話は、次回にします。

2010/ 8/31

8月26日〜9月2日にかけてパリに行ってきました。

東京は連日35度の暑さの中で、パリは秋風がただよう季節で東京にいる人達には申し訳ない快適な気候です。

さて、今回のパリの目的は、国立西洋美術館の世界遺産に向けての現状調査と、

日本での活動の状態を、現場でがんばっている、ユネスコの人たちや、ル・コルビジェ財団の人たちに知ってもらい

尚いっそうの努力をしてもらうためのものです。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

パリについてまず最初に訪れたのは、ユネスコ本部です。そこで前回訪れたときにお会いした

アジア局アジア州課長のボカルディーさんと会いました。

1年半前訪れたときよりも、何となく親密感があり、話もスムーズに進みました。

私たちが日本において国立西洋美術館の世界遺産に向けての活動を話すと、

その活動に対して感謝され、出来る限りの努力をこれからも続けていくとの強い決意の言葉をいただきました。

約2時間に及ぶ会談でしたが実りある会談でした。



土曜日曜はお休みなので、フランスの観光地で、疲れを癒して月曜日にはユネスコの日本大使の山本大使と

ランチをご一緒しました。そのことについては次回に報告します。

2010/ 8/31

昨日はユネスコの山本大使とランチをご一緒しました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます



国立西洋美術館の世界遺産登録に向けての現状報告やセルビアの時の話から

平泉や小笠原の世界遺産登録の話で約2時間があっという間に過ぎてしまいました。

西洋美術館の世界遺産登録の現状は先の登録申請から外れる所の調整作業が難航しているようです。

詳しくは帰ってから報告します。

2010/ 8/10

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

「神様」

昔  お国のためだ と  

死にいそいだ  若者たちがいた

今  いじめを苦にして   自殺していく   子供たちがいる

神様  生きる勇気を  どうして   与えなかったの

戦争の仕掛け人   いじめる人たちを    貴方の力で   跪かせて(ひざまづかせて)

前のひとりごとにも書いたけど、100歳になろうとしている、柴田トヨさんの「くじけないで」の中の一遍の詩です。

たった、30分もあればすべて読み終わってしまう詩集ですが、何かあると、枕元から引っ張り出して読み直します。

広島に向かう新幹線の中で、次の車両をつなぐドアの上に、ニュースが流れます。

100歳以上のお年寄りの不明者が全国で55人。消息分からず。

子どもを餓死。殺人罪での起訴方針。?????????。

広島の原爆ドームの前に立って、原子爆弾の投下で一瞬にして多くの命が奪われた。

人の命の重さ。なんなんだろうと考えさせられます。

武器を使って人を殺すから戦争で、人に無関心で、親子・兄弟・友人に無関心で、自分とお金だけが人生?

こんな世の中が平和なんでしょうか?なんだか分からなくなってきました。

「核兵器反対。」「戦争のない世界に」こんなスローガンは誰でもわかっているんでしょう。

なんで、原子爆弾が落とされたのか?なんで戦争が起こっているのか?

ここが解決しなければ、何も動かないんじゃないでしょうか?

自分の親がどこにいるのかも分からないで、日々の生活をおくっている人間。

自分の子供のことよりも、自分の毎日の生活を楽しんでいる親。

こんな人間が「平和」という思い込みの時代を生きていったら、又、戦争が起こったり、

核兵器が使われる時代が来るんじゃあないでしょうか?

ふと、そんなことを感じてしまいました。

「ことば」

何気なく  言った  ことばが

人を   どれほど   傷つけていたか

後になって   気がつくことがある

そんな時   私はいそいで   その人の   心のなかを訪ね

ごめんなさい   と 言いながら   消しゴムと    エンピツで    こ とばを修正してゆく

台東区政に何か活かせるのかなあ〜なんて思った時間もあったけど、具体的に生かせるもんではないんですね。

でも、自分が生きていくなかで、何かの支えとして今回の広島行きは役に立ったのかと自画自賛しています。

2010/ 8/ 7

8月5日〜6日に広島に行ってきました。前から、8月6日の日に広島に行きたいという思いがあったのですが、

なかなか時間が取れなくて行くチャンスを逃していました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます



今から60数年前の8時15分、人類史上始めて、一発の爆弾が広島市の相生橋に向けて落とされました。

地上600メートルと高さで炸裂したこの爆弾は、一瞬にして十数万人の命を奪い、今尚多くの人を苦しめています。

原子爆弾。この爆弾が投下された日に広島に行ってみたいという気持ちが何時のころからか分からないけれど、

私の心の隅っこに於きはじめたのは歳のせいでしょうか?

新幹線の広島駅を降りて、在来線を越えて、広島の地に立ちました。

私と同じようにどう動いていいのか分からない人のために、テントが張られて平和記念公園に行く道の相談所が設けられていました。

そこで、広島市の地図をもらい、すぐ目の前の市電に進みました。

「原爆ドームに行く電車は2番か6番の電車です。」この言葉に誘われて、2番の電車に乗りました。

満員電車でしたよ。言葉が悪いかもしれませんが観光客でいっぱいという感じです。

私が想像していたのとまったく逆で若い人達で満員です。

まったく、この日に原爆が投下されたなんて感じることはなく、原爆ドーム前で電車を降りて、原爆ドームの前に立ったとたん、

今までの雰囲気とはかけ離れた、光景の展開に驚きました。

そこには、タスキをかけた人、前にゼッケンをつけた団体が、ぞろぞろ歩き回っています。

原爆ドームから平和公園に歩いて行くと多くの学生さんが署名運動。

平和公園の式典の場所には多くのいすが並べてあり、総理大臣と描いたプラカードも持った人が席に座っていてリハーサル。

テレビカメラは何台も設置され、マイクでは翌日の原稿が読み上げられていました。

どこかで、私の心の中に、「原爆投下で亡くなった人の霊を追悼するの?なんか違うんじゃないの?」

こんな囁きが聞こえたよでした。

いっぺんには書ききれないので今回はこの辺にしておきます。

2010/ 7/27

炎天下の中金杉地区芸能大会が開かれました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

第37回目だそうです。カラオケの部とコーラスの部と踊りの部分かれています。

その中の一位の人が浅草公会堂に出演します。

会場は暑さにも負けずに満員の盛況ですごい熱気にあふれています。

このような光景を見ると、台東区のお年よりは本当に元気いっぱいだな〜と感じます。

逆に私たちのほうが元気をもらうという感じですかね。

ある町会長曰く「週2,3回は練習しているんですよ。足が痛いといいながら(笑)」

「でも好きなんでしょうね。痛み止めの注射をウって出場して踊っているんだよね。」

本当にすごいですね。

そう云えば、この間のNHKの放送で99歳の詩人、柴田トヨさんの詩集が異例の売り上げを記録しているんですって。

題名は、「くじけないで」です。何編かの詩が朗読されましたが、本人が朴訥に読んだ詩が私の心に響きました。

この本を買って読んでみたいです。

読み終わったら感想を照会します。老いてなお、生きる力のすごさを感じた週でした。

2010/ 7/22

いよいよ、夏休に入りました。私の住む三ノ輪町会では7月20日にデズニーランドに行き、

7月21日〜31日までラジオ体操を行い、8月8日にはミニ縁日と子供たちの行事がめじろ押しです。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます



ラジオ体操の会場では、町会の役員が理事会のように毎日打ち合わせを行っていますよ。

それにしても、今年は梅雨明けをしたと思ったら毎日が猛暑続きで夏好きの私にとっ ても暑さに参っています。

この間、ポロシャツで役所に行ったら偶然に聾唖者の友人とばったり会いました。

急に手話で「何でネクタイしていないの?」と聞かれ「暑いから」と応えたら「だめ

です。仕事なんだから」と云われてしまいました。

確かに、町でも背広を着ていないと「今日はお休みですか?」と云われますよね。

2010/ 7/13

参議院選挙も終わったので、久しぶりに「ひとりごと」を書く余裕が出来ました。

参議院の選挙結果はマスコミなどでいろいろ報道されていますが、民主党の惨敗となりました。

ある面では、しかたないのかな〜と、思っています。

野党時代に、相手の政策に批判ばかりしていて、いざ政権をとったときに

機能しなかったの結果がすべてだと思います。

これからの、動きが(民主党も自民党も他の政党も)本当の意味で重要だと思います。

野党に言わせてもらえれば、ただ反対だけでなく、野党の政策能力が問われることになりますし、

与党は当然のことだと思います。

党略が崩壊するきっかけになった選挙じゃないですかね。

残念なことは、地元の保坂先生が落選したことでしょう。

さて、久しぶりに、心休まる一日を過ごさせていただきました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます



写真は、私の弟の孫の写真です。弟の子供の結婚式に出席したときの写真です。

現在、長崎に住んでいますが、今回の結婚式に主席のために東京に来ました。

誤解のないように云っておきますが、この子は女の子です。

式の間中一度もなくこともなく、披露宴の余興でどんなに大騒ぎになっても「グウグウ」寝ていました。

将来大物になるのかな?

2010/ 6/20

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

定例会が始まるといろいろな問題が起こります。そのたびに、議員の動きが活発化してきます。

今まで、こんな発言をしていたのに何で今回はこうなるの?良く分からないけれど面白いですね。

今回の一般質問だったかなんかの質問である議員が学校給食についてこんな質問をしたと思います。

「何で、ご飯に牛乳なんですか?」その答えが「安価にカルシュームが補給できるから。」だったかな?

議事録を確認していないから性格ではありませんが、内容的にはこんな内容だと思います

まあ、牛乳嫌いの私にとってはなるほどと思いました。

普通は、ご飯に味噌汁でしょう。でも、学校給食だとご飯に牛乳なんですね。

こんなことが頭のどこかに引っかかっているときに、ビックコミックオリジナルの漫画に、「玄米せんせいの弁当箱」

という、漫画が目に入りました。

朝のテレビ番組で放映されている「ゲゲゲの女房」は私たちの子供の時代で、よく漫画を読んだ子ども時代です。

ですから、今でも漫画を読みます。その愛読書の一つがこの本です。

この漫画に「普通の給食」というテーマで、この問題が描かれていました。

新潟県の三条市の学校給食です。

三条市は「地産地消給食」で、地元で取れるお米や野菜等々を地元に給食に生かしています。

たしか、なんかの委員会で視察に行ったときにこのことを聴いた記憶があります。

しかし、東京の学校では無理だと感じました。

でも、この漫画では、出来るだけ地元で採れた食材を使う工夫をしようとし、「理想の給食」に

向かって栄養士と話が進められていきます。

提案された理想の給食は、七分づきごはん・ししゃもの風味揚げ・小松菜のおひたし・豚汁・手作りひじきふりかけ・麦茶でした。

細かくは、ここで書くと長くなりますので、漫画を読んでいただきたいと思いますが、

このような努力の結果三条市では、給食の残量と肥満が減少しているというデーターが出ていました。

簡単に言うと完全米飯給食絵の移行を訴えているようです。

この漫画でも、給食費の問題が取り上げられ、完全米飯給食にすると給食費の値上げ問題が起こると指摘されています。

しかし、「食育」という観点と和食の文化という観点で考えて、三条市はお米の購入に市から補助金を出しているそうです。

次の定例会までにこのことをもっと深く研究して一般質問で提案してみようかな?と考えさせられました。

 

2010/ 6/ 7

祭礼の準備や親父の介護等々で「ひとりごと」を書く余裕がなかったので、チョッとお休み状態でした。

鳩山政権が終わり、官政権が誕生しました。

鳩山前総理大臣の最後の演説をテレビで聞きました。引退表明の演説にしては、長いかなって云う印象ですが

演説の中身には、すばらしいと拍手を送りたいという気持ちです。

それにしても、マスコミの報道の仕方には、本当に困ったものだと思います。

こんなことを感じるのは私一人でしょうか?

まあいいや。民主党の議員としては、内部のごたごたの話より、政策をきちんとしてほしいと思います。

私が、いろいろな人と会うと必ず言われるのが「景気が悪い。仕事がない。」

組閣人事で、だれだれが何になったから、小沢はずしだのというような番組をやっているのなら、

日本の、いや、世界の景気をどうしよう。そのためには、日本の景気をどうしよう?その人材は?

なんてやってくれませんかね。

今年の、三ノ輪の祭礼も、不景気だから奉納金が集まるかね?という不安から始まっています。

おかげさまで、昨年を少し上回る金額が集まりました。

役員の皆さんを一安心です。

天気にも恵まれ盛大な祭礼が出来たと思います。

町会長になって神酒所につめきりで、いらいらしていましたが、我慢しきれずに神輿を担いでしまいました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

やっぱり、にてんの神輿はいいですね。この写真は神輿ぶりのときの写真で、私が入っているところは

受けといって、神輿が振られたときに綱を肩で受けて神輿を支えるところです。

来年の大祭が楽しみです。

2010/ 5/23

三社祭りが終わると、いよいよわが町の祭礼です。

三ノ輪町会は、南千住にあるすさのう神社の氏子で、台東区の町会は2町会しかありません。

いつも、祭礼のときに思うのですが、どうゆう基準で神社の氏子が分かれているのか不思議です。

皆さんもご存知のようにすさのう神社の神輿は三社や鳥越と違い二本の担ぎ棒で担ぎます。

この担ぎ方が氏子にとっては一つの自慢なのです。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます



毎年6月の第一土曜日と日曜日が祭礼で、この準備のために今から大忙しです。

今日も、婦人部の皆さんが祭礼の当日に子どもたちに配るお菓子を見に行っています。

毎年、毎年、寄付を集めて行う祭礼ですが、今年は不景気感があって心配しているんです。

どの町会も同じ悩みを抱えているんでしょうね。

今から、千束神社の神酒所を回ってこようと思いますのでその辺を聞いてみたいと思っています。

2010/ 5/15

サー、祭りの季節が到来しました。しかし、今週は親父の介護のため家に缶詰の状況です。

政治家は、ポスターを作るために何枚も写真を撮ります。

なかなか気に入ったのがないものです。

今回の写真は、その中の一枚の写真です。もちろん、ポスターには使えません。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

つまり、日の目を見ない写真ですね。

さて、この間の町会の総会で、町会長になることが決定しました。

政治家と町会長という二束のわらじを履くことになってしまいました。

そう、昔の時代劇で見た、やくざの親分と、十手をあずかる悪親分みたいですね。

まあ、冗談はさておき、町会長の皆さんの苦労を垣間見ることが出来ます。

よく、私たちが、議会の発言の中で、「区民に対する周知はどうするのですか?」と質問します。

区民に対する周知。簡単に言いますが、町会長さんのところには、その周知のチラシが山のようにきます。

それを仕分けして、回覧板で町に配布したり、町会の理事会を開いて役員の皆さんに説明したり。

ひっきりなしに体を動かしているのですね。

これでは、町会長さんをやる人がいなくなってきますよ。何とか考えないとね。

わが町も、6月の初めに祭礼があります。この祭礼を行うにも、寄付集めの件や、道路使用許可の件。

婦人部とのまかないの相談、祭典部との話し合い、あ〜考えるだけで疲れてしまいますね。

でも、そのような会合を重ねることで、町が一体化してくるんです。

議員と町会長。町の人達は「大変ですね。」と云ってくれるけれど、悪く解釈する人は、「政治利用しやがって。」

とか、思われているんでしょうね。

まあいいや、やれるところまでがんばろう。生まれた時から育てられた町への恩返しと思って。

2010/ 5/ 3

毎年連休のときは、ベスと一緒の朝の散歩の時に、東日暮里にある写真の藤を見に行きます。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

何の変哲もない下町の長屋風というか木造の家が立ち並んでいるところの1軒の家にこの藤の木があります。

普通は、藤棚になっていますが、ごらんのように、家の1階から3階にかけて縦に伸びています。

一時は、個人の家での管理が大変で、存続が危ぶまれたときがありましたが、行政の力で存続され毎年このように、

すばらしい、藤の花が見られます。いつもの年は、連休中だと遅めなのですが、今年は、まだチョッと早いかなという感じでした。

そういえば、三ノ輪の駅前に一葉桜が植わっています。前は、つつじの植栽で覆われていましたが、

そこに一葉桜を植えたのです。

最初に二本植えたのですが一本はかれてしまい、一年後の再度植えなおしました。

一葉桜祭りをしている小松橋通り(正しいかな?)と違って排気ガスの影響とふだんの手入れが行き届かないのか、

花が小ぶりに思えます。昨日ベスと南千住の汐入公園に遊びに行った帰りに、手入れをしていただいている方がいました。

この管理は、三ノ輪の老人会の人がしているのですが、一ヶ月に一度くらいしか出来ません。

その人は、見るに見かねてやってくださっているようです。

その人曰く、個人で管理するには限度があるよ。行政なんか一度も見に来た事はないね〜。だって。

一葉桜の周りのつつじだって花も咲かないでしょう。こんなの雑草と同じだよ。

そう、そう云えば、一葉桜を植えたときかな?一本が枯れたときかな?

公園課の人が、時々見てくれるといっていたけれど、やってくれているのでしょう か?

小松通りは管理しているけれど、三ノ輪は立った二本だから関係ないのかな?

いやいや、入谷駅のところも管理しているんだよね?

2010/ 4/30

 

 

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

4月も今日で終わりですね。春を感じないこの一ヶ月でした。

明日から、いや昨日からかな〜?大型連休が始まりました。

皆さんは、どこかに行くのでしょうか?私は、この連休は一日中家にいて、パジャマ姿でのんびりとすごすことになるでしょう。

でも、皆さんには楽しい大型連休ですが、私のように、年寄りを(私もその年齢かな?)抱えている家族にとっては、

何かあったときは、救急車頼りの連休なんですよ。

さて、中小企業の地元優先の一つのテーマとして取り上げていた、学校給食の、地元のお米屋さんからの

買い入れについて、教育委員会と学校の協力と、地元お米屋さんの努力により、やっと、光がさしてきたようです。

前の、ひとりごとにも書いたと思いますが、学校給食の食材のうち、お米は、ほとんどが学校給食会というところから納入されていました。

このお米を、地元のお米屋さんから納入できるように、東京都米殻商業組合台東支部の皆さんが教育委員会に陳情していました。

数年の歳月がかかりましたが、このほど、小学校14校、中学校5校が、地元のお米屋さんから納入することに決まったようです。

「地域との協働」を掲げている小中学校ですから当然といえば当然かもしれませんが、ここまで行くには、教育委員会・学校・

そして組合のお米屋さんの努力は大変だったと思います。

ども、まだ全校ではないのです。今回協力が取れなかった学校はどんな理由だったんでしょうかね。

なんかの機会に聞いてみたいですね。

これからは、地元のお米屋さんが努力して、子どもたちが喜ぶおいしいお米を安定供給していただきたいと、共に、

学校との交流を通して、地域と学校の橋渡しになっていただけるといいですね。

2010/ 4/25

先週は、福島県の穴原温泉に行ったり韓国に行ったりと東京を留守にしていました。

韓国は、龍山区との姉妹提携問題が宙に浮いたかたちになってしまっているのでその後の情勢を知るためでした。

前回の韓国訪問のときは、龍山区の議員さんが姉妹都市提携に前向きだったのですが、区長さんが乗り気がなく、

その話は断ち切れたような感じでした。

韓国の場合、区長さんの再選は3期までと決まっているようです。そうすると、現区長の任期は今年の5月いっぱいになります。

6月には区長選挙が行われるのです。どうも、今回の区長選挙で有力視されている人の考え方が姉妹都市推進派のようです。

選挙前の忙しい時間を割いて、私たちのところに来てくれました。

ゆっくり話をする時間は取れませんでしたが、選挙が終わったらもう一度お会いしたいと考えています。

さて、今回の写真は、松が谷からスカイツリーを撮った写真です。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

台東区のいろいろな場所からツリーの姿が見られるようになりました。

我が家の横からも見えるんですよ。今度はその写真の載せたいと思っています。

私の町の町会長が亡くなってから、次期町会長を決めるのに、大変な労力がかかりました。

結果的には、私がその任につくことになってしまいました。

会う人に「おめでとうございます。」といわれるのですが、私の心は複雑です。

区議会議員と町会長のけじめをどうつけていくのかが最大の過大だと思っています。

例えば、ある会合に招待される場合。前のときは区議会議員で招待され、町会長は町会長で招待されました。

今回からは、町会長と区議会議員という肩書きで招待されるのです。

そこで、私は考えました。そうだ、そうゆう場合は私は区議会議員で出席しよう。そして、町会からも副会長に町会長代理で

出席してもらおうと。まだ、その場面が来ないのでうまくいくかわかりません。

私が町会長になってすぐに感じたことが一つあります。それは、各部長さんが自分の町会の仕事に対して

いろいろな不満があることでした。

その最大の不満は忙しさです。そんなに仕事があるんだとびっくりしてしまいます。

昔の町会と違い、一人の人が他に手伝ってくれる人がなく抱え込んでしまうのが今の現状ですね。

これからの、町会のあり方を研究しながらその職責を全うしないとね。

いつもながら、私の「ひとりごと」は、思ったことを一気に書き上げる、私、流に云うと「なぶり書き」ですので、

誤字脱字はご勘弁の程。

2010/ 4/ 14

相変わらず、誤字脱字が多いいですね。(ハズカシイ)

前回の「ひとりごと」でも、「後世に」と書くところを「構成に」って書いちゃいました。

葬儀のために町屋斎場に行くときに都電から見たスカイツリィーです。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

荒川区役所前の、前後数分間しか見えません。

さて、話は変わりますが、久しぶりに生涯学習センターから区役所に行くのにメグり ンに乗ってみました。

何と時刻表に載っている10分来ない。25分来ない。やっと40分にメグリンが来ました。

運転手に聞いたら「平然と30分遅れです。」????????

一周45分なのに30分送れ???????。意味が分からない?

結局生涯学習センターから区役所まで50分ですよ。

担当に課長に聞いたら、「前の車を追い抜くことが運行上出きないので、一台が遅れると

後は団子状態で走らざるを得ない。」とのことです。

ということは、一周45分の運行だと一台が30分遅れると、残りの15分の中に3台(2台かな)の

メグリンが走っているということになるんですね?

それならと、区役所からメグリンの運行路線を逆に歩いてみました。

区役所を出発。メグリンはいない。保健所前メグリンとぶつからない?北上野まだメグリンとぶつからない?

時刻表を見てみました。ついているはずの時間なのにメグリンはいない?

北上野から予定があったのでメグリンのルートから外れましたが、課長の言うこと本当ですか?

運行状況が掌握できないのなら、時刻表の目に付くところに、クレームはこちらにと、

大きく電話番号でも書いておいたら。

バス停で待っている人が、よく我慢しているよね。一人の人が「100円だからしょうがないか(笑う)」

道路を走っているのだから渋滞とか、アクシデントで遅れることもあるでしょう。でも、常識の遅れは分かりますよ。

一周45分の道で30分も遅れるのが当たり前のような顔をして私に説明する担当者の姿勢ではこの問題は、

「100円だから仕方ない(笑う)でしょうか?(怒り)

2010/ 4/ 10

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

桜とスカイツリィーの建設途中の写真はもう撮れないと思い隅田公園と、墨田区側を

花見を楽しむと同時に写真を撮ってきました。

私と、同じ考え方の人がたくさんいるんですね。(当然ですね。)

さて、前回の「ひとりごと」で書いた件ですが、「行政の人が関与していたら」と書いたのは、

決して、区民課長のことではありませんので、誤解のないように。

相変わらず、誤字脱字が多いいので皆様には読みにくいというか、国語のレベルを疑われてしまいますね。

民主党が政権をとったので、いろいろな方から、民主党に対する批判や苦情が私のもとにきます。

わざわざ、封書で、子ども手当てについての苦情をお送りいただいた方もいますし、

日教組や労働組合の支援についての私の考えを聞きたいとか、小沢さんや総理大臣のお金の問題等々です。

ここで、すべてに対して、私の考え方を書くのは、長文になってしまいますので控えさせていただきます。

ただ、自民党時代と比べて政治に対する区民の目が厳しくなっていることは肌で感じます。

今まで、本格的な政権交代が行われなかった日本としては、政治と言う目で見ると

一歩踏み出したのかと思います。

ただ、訳もなく「反対、反対」と云っていた野党が政権をとって日本丸を運行するのですから、

大きな舵取りが必要になってきたのです。

今まで政権を持っていた自公も野党になって、ただ、「反対、反対」を唱えるような野党ではないと思います。

お互いが、政策でぶつかりあえば、より良い政策が生まれてくると思っています。

民主党政権になって、「眠った数年間?」と構成で言われないような舵取りを

国会議員の方々にお願いしたいですね。

私たち地方議員は、地域住民の目線に立って、今までと同じように、国の政策でこぼれた部分に

光を当てていくのが指名ですからね。

2010/ 4/ 4

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

 

桜の花も満開なのに肌寒い日が続いていますね。

台東区も4月に入ると、いろいろなところでイベントが行われます。

今日は、金杉地区の「あるけ、あるけ」で、南千住まであるけ、あるけです。

総勢100名近い人が参加しました。健康ブームなのでしょうかね。

途中でその会から離れて隅田川添えをリバーサイドに向かって一人で歩け歩けです。

途中で入谷地区の皆さんとドッキング。入谷地区も「あるけ、あるけ」ですね。

川添の道を歩いていると、いろいろなところでスカイツリィーの姿を写真に撮ろうと
いう人がカメラを片手に

歩いていたり、写真撮影をしていました。私も、持っていたカメラで写真撮影です。

リバーサイドの周辺では、「桜祭り」が行われていました。町会長や地元の人達の協力により

模擬店やら何やらと大変な人の出でしたよ。

さて、話は変わりますが、イベントの参加するといろいろな話が耳に入ってきます。

ある町会長の話。「区議会議員は、町会長になれないんだって。町会には議決権があるから?」

ある婦人部長の話。「区議会議員は、町会長になれないんだって。利害が発生するから?」

本当なんでしょうか。私の知っている範囲では、前に町会長と区議会議員をしていた人がいましたよ。

私が議長の時、他の区の議長さんが「町会長を受ける人がいないので仕方なく私がやっているんだよ。」

っていう話を何人からか聞きまぢたよ。もし、町会長がだめならば、老人会長もPTA会長もだめですね。

でもこんな話に内容は、町会長や婦人部長の発想からは出ないでしょうね。もし、

行政がコントロールしているとしたらこれはこれで問題ですね。

町会長になる人がいない状況の中、自分たちの町をどう運営していくか各町会が苦しんでいます。

私の住む町も同じです

2010/ 3/ 19

時の経つのも早いもので、ロシアのマイナス20度の世界がうそのように、桜につぼみが膨らんでいます。

最近べスくんの話題に触れていないので、今回はその話をしようと思い書き始めました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

もう、べスくんも11歳になりました。ストーブの前に、デンと大きな体を寝かせてパルコンスタイルでいると、

「おい、お前、猫じゃないんだから」といいます。毛が熱くなっているのに平気で寝そべっているんですよ。

べスくんには、日課のように行動することがあります。

まず、近所の男の子が、保育園かな?幼稚園かな?に行くときに、我が家のドアをたたきます。

ガバットおきて、ドアにまっしぐらに走りよって「ワンワンワンワン」吠えまくります。

ベスくんとその子どもの朝の挨拶です。この間はチョッと面白かったですよ。

べスくんの朝食が遅れて、丁度子どもがだあをたたく時間にぶつかってしまいました。

子どもがいくらたたいても、べスくんは一生懸命食事を取っていました。

人間も、犬を同じで、食事中は他のことには関心を持たないのですね。

もう一つのクセは、家には納品といって黒猫大和や新聞配達やいろいろなものを

んでこられる人が出入りします。

品物を置くと伝票に判子をもらい、仕事終了です。

その伝票や、新聞を運んでくるのです。新聞は届けて終わりですが、伝票は届けてから判子を押して、

もとのところに持っていかなければなりません。

それを、チャンとやるんですよ。幾つかの運送屋さんが来るんですけど、犬が嫌いな人もいます。

その人はチャンとわかっていて、その人が来てもびくとも動かないんです。

そのかわり、犬の好きな運転手さんが来ると、ドアが開いたとたんに「たったったっ」と

その運転手さんのところに行くんです。

何でわからのかな〜と不思議に思います。

もうすぐ、桜が咲き始めます。べスくんを連れて散歩する楽しみが増えますね。

 

2010/ 3/ 1

 

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

 

第1回定例会も、各委員会の審議が終わり、3月16日の予算総括質問が終われ ば、

後は採決が残るだけになりました。

今回の予算委員会は、私にとっては約2年ぶりでした。

基本質問等を行いましたが、久しぶりの質疑でかなり戸惑ったことが多かったように思います。

16日の総括質問も行いますが、何をテーマにして質問をするかをまとめるのに、大変でした。

今回の総括質問の私の持ち時間は約30分です・

区長の答弁はこの時間に含まれません。

予算委員会の質疑が終了してから総括質問の通告をするまでの時間は2日しかないの です。

その間に、総括質問の要旨をまとめなくてはなりません。

何とかまとめて、文章化しています。

今回の1番目の質問は、区の将来展望についてです。

この質問は、後から続く質問の導入部ですが、不況の影響で、区の財政基盤の不安認識の確認から入ります。

そして、二番目の質問で歳出面でのこれからの検証の仕方を質問します。

三番目では、今回の予算編成において投資的経費の縮減があったために、予算編成が出来た部分があります。

しかし、これからは、その投資的経費が増大する可能性が大きいのでその部分の質問に入ります。

投資的経費の大部分は、区有施設の改修・改善です。

四番目は、今回の予算審議の中で、外郭団体と指定管理者の問題が取り上げられまし た。

構造改革の中で、民間との競争原理で本来の外郭団体の役目が薄らいでいっているのではないかと懸念しています。

その部分を、区長と認識を一致しないと、いけないと思っての質問です。

五番目の質問は、施設使用料の明確化です。何を基準にして施設使用料を決めるかです。

確かに区では、施設も面積による算定方法が確立されているようです。

しかし、集会施設でも新しいところ、古いところ。クーラーがあるところ。ないところ?もうないところはないかな。

と、差ガあります。そのほかにも、集会施設だけでなく、駐輪場、駐車場、スポーツ施設等々です。

私は、維持管理費程度が使用料で賄えないかな〜トと考えています。

六番目の質問は、職員数です。実は私はこの問題の基本を大きく間違って考えていました。

チョッとおかしな表現かな?まあ意味は理解していただけるかな?

台東区は、早い時期から職員の削減に努力してきました。

二三年前ごろからかな?そのひずみが職員の負担になり始めていると感じて職員の増を訴えたと思います。

その時点から、職員増に取り組んでいたと思っていたのです。

ところが、違っていたのです。総務省からの支持で、今まで何の努力もしていない国や都や他の自治体と同じように、

削減をしていたのです。目いっぱい絞ったからだの脂肪を削るのと、ぶよぶよな身体の脂肪を削るような話です。

もう限界に来ていると私は思っていますよ。

七番目の質問は「愛犬手帳」です。私は「べスの部屋」でも照会しているように11年位前から犬を飼っています。

台東区の犬の登録者数が約5・6千人です。この数は、十産の犬を飼っている人の半分か三分の一の数字です。

ということは、狂犬病の注射を受けていない犬が、たくさんいるということです。

話は前に戻りますが、この愛犬手帳の内容が実にすばらしいと思っています。

11年間犬を飼っていて、この手帳の存在を知りませんでした。もっと多くの人に読んでもらいたい手帳です。

八番目は、自転車の活用です。実は自転車対策は放置自転車対策で行われています。

当然、環境問題の面からもこの部署で考えています。しかし、台東区には環境リサイクル課もあるんですよ。

自転車の利用促進を環境の目で考えてほしいと云う趣旨です。

最後の問題は一番難しい問題です。この問題は私のライフワークにもなっています。

行政の守備範囲の問題です。今の政治を見ると、例えば子育ての問題を取り上げてみると。

子育ては、家族から、地域に。みんなで支えあいながら子育てをしましょう。そんな風潮になってきています。

確かに昔と違い家族構成や、女性の社会進出等々状況変化が起こっています。

そのための、子育てをする社会環境を整備していかなくてはだめな状況です。

でも、一歩間違えて行政の守備範囲を明確にしないと、なんでも行政がやってくれるという状況に陥ります。

その結果、子育て放棄が生まれてくるのです。これはほんの一部の例です。

この問題は、政治家と行政と区民が真剣に話し合わなければならない問題です。

どこかで、この結論を出さないと国の崩壊につながっていきますよ。

以上が今回の私の総括質問で言おうとしているところです。これを文章化するので四苦八苦しています。

2010/ 3/ 1

最近、老人になって年金だけでは生活が出来なくなった人の生活保護の相談が急増しています。

職人さんだったり、貸し店舗で日用品を売っていたりした人達です。

売り上げが、がた落ちだったり、お店からの仕事がなくなったりいろいろです。

特に、夫婦のどちらかが病気をして、その支払いに困窮した人が多いいですね。

どうしてこんな世の中になってしまったんでしょうね。

政治家が悪いのでしょうか?貯蓄が美徳だった年代の人だと思っていたんですが。

さて、3月3日に予算の基本質問が行われます。

区民クラブを代表して今回私が区長に質問します。

どんな質問にするかを数日考えてみました。基本質問てなんだろうから始まります。

予算審議に入る前に予算に対する認識を確認することが必要だと思いました。

そこで、1、予算構造の認識について。2、投資的経費の減による中小業者への影響について。

3、区長プレゼンテーション査定の基本的な考え方について。

の3項目の質問を書き上げました。

その認識に立って自分は今回どのような考えで予算を見ているのかと思いました。

区長任期の最終予算という見方があるんだな〜と思ったんですね。

そこで、区長がこの3年間でどのような施策展開をし今回の予算でその仕上げをどう予算に表しているのか

を聞くことのしました。

その姿勢にたって、1、18万都市の人口構造から見た公約の表現について。

2、公約実現に向けての区長の思いについて。

この基本質問の答弁を聞いてそれを基本に予算で質疑ができ、総括に結びつければいいな〜と思っています。

このところ、暗い話ばかりなので「ひとりごと」を書く気になれませんでした。

3月に入ったので明るい月になるように、願います

2010/01/14

新年会も終わりに近づいています。節分が終わったのにまだ新年会?

と思う人もいるでしょうね。

昨年から、今年にかけて、私にとって思いで深き人が亡くなったり、癌という大病で

大手術をしたりという状況が続きました。

祭りや町会行事で共に活動したり助言をいただいた兄貴のような人達です。

心に大きな穴が開いた感じです。

さて、第1回定例会が始まりました。

2月13日には土曜議会が開催されました。各会派の代表の方々が代表質問を行いました。

ふだんの日の本会議に比べるとさすがに傍聴の人が来ています。

議会に対する関心の表れかもしれませんね。

新聞でもご存知のように、上野動物園にパンダが来ることが決まりました。

石原知事がパンだの招聘に消極的であったのを 台東区 の積極的な誘致運動で実現したのです。

みんなで力を合わせれば出来るんですね。

今回の定例会では予算審議が行われます。

私も久しぶりの予算委員です。まだ予算書を見ていませんが、今回の予算委員会に、

どうゆう姿勢で予算を見ようかと考えています。

まだ、うっすらと頭の中に浮かんでいるのは、区長の任期最後の予算であるということです。

区長の公約や区長に姿勢がどのように現れているかですかね。

またまた、忙しい日が続きそうです。

2010/01/16

画像をクリックしてください拡大画像が見られます

時代の変化を感じるような今年の新年会です。

町を支えてきた町会長や町の世話役、俗に言う町の名士の方々が、亡くなられたり、

病に倒れたりしています。

そんな町会の新年会にお邪魔しますと、次期会長の話が飲みながらの話題に上ります。

残念なことに、町会長のなりてがいないのです。

「当然、あなたがなるのが町会の流れとしていいんじゃないの。」

「いや、とんでもない。今からだの調子がよくないんですよ。」とか、

「それどころじゃないですよ。商売が大変だから。」

そんな話が、飛び交っています。これじゃあ町会組織は大変なことになっていきますね。

祭りも、夏の行事もしない。ただ、人が住んでいる町だけが存在するようになってし まいます。

私が、昔から可愛がってもらった先輩の方々が、去年の暮れから今年になって亡くなられたり

大病にかかったりという状況に陥っています。

一緒に祭りを運営したり、町会行事を行ったり、旅行に行ったり、酒を飲んだり、した人達が、

突然、この世から姿を消していくのです。心の整理もつかないうちに又一人と。

自分が歳を重ねていくとこのような思いに陥るのでしょうね。

時代が大波のように動き始めたのでしょうか?何となく心寂しい思いに駆られています。

 

2010/01/04

新年明けましておめでとうございます。

今年は寅年です。私の弟が歳男です。

さて、木下ファミリーに可愛い女の子が加わりました。

画像をクリックしてください拡大画像が見られます



「実沙」チャンです。といっても、今年歳男を迎えた弟の娘の子供です。

我がファミリーからすると初の曾孫です。

ということは、子供のいない私にとっては何に当たるのでしょう。

よく、「孫は可愛いよ」という話を聞きますが、弟夫婦の話を聞いていると

外孫とはいえ本当に可愛いようです。

「実沙」チャンの写真を撮ってはみんなに見せて自慢話だそうです。

今年の家族の新年会は、親父が体調を理由に参加しなかったので私が介護で家にいたので、

みんなに会うことが出来なかったのです。

弟達の子供に会うのは、家族新年会ぐらいですので残念な気持ちです。

木下家も今年は、明るい話題が続きそうです。

きっと良い一年が過ごせそうですよ。