ロシア サンクトベテブルク 視察
     
               
             
      この施設は、血の上の救世主教会といわれ、1881年3月13日に
ロシア皇帝アレクサンドラ2世が暗殺された終焉の地に1883年
から1907年にかけて建設された教会です。
革命後倉庫として使われていましたが、現在は復旧されています。
ロシアの世界遺産は幾度の革命や第二次世界大戦において
焼かれた建物を復旧したものが多く見受けられます。
   
     
                     
     
成田空港を13時05分に経ってモスクワ経由で
サンクトぺテルブルックに現地時間の21時20分に到着しました。
この日はこのままホテルで就眠です。モスクワで国内便に
乗り継いだときやサンペテルブルックの空港についてから
ホテルに到着するまでにさすがに寒さを感じました。
写真の聖イサク寺院は1818年から40年かけて建設されました。
もちろん世界遺産です。
聖イサク寺院の中です。3つの礼拝堂に分かれていて、
そのうちの正面に向かって左側の礼拝堂が使われています。
私たちが行った時もミサが行われていました。
何故寺院が世界遺産になったのでしょう?それは、
この施設が博物館として登録されているからです。
年間300万人の人が訪れるそうです。

     
 
 
破壊されて、復旧された代表的な建物が、エカテリーナ宮殿です。
この写真が、1752年の5月から4年間かけれ建設されたものです。
全長325メートルあります。
  そして、第二次世界大戦のドイツ軍によって破壊された建物です。
ドイツ軍の侵攻を知ってこの建物の美術品等は運び出されて
地下壕に隠されていました。
しかし、「琥珀の間」といわれた部屋の装飾は持ち出すことが
出来ませんでした。
 
 
復旧されたエカテリーナ宮殿です。

まだ復旧工事は続いています。

この3枚の写真を見比べると良く分かると思います。

「琥珀の間」の写真撮影は出来ませんが、その部屋に
続くというか、 各部屋の間間の写真です。
日本人の大国屋光太夫が、エカテリーナ2世に謁見した部屋が
「琥珀の間」です。
先ほども書きましたが、今の状態は、修復されたものです。
しかし、これも世界遺産です。